その昔、母がアタシの初めての通信簿を見たとき、
感動して泣いてしまったと言っていた。
まあね、母はよく泣くし、感受性が強いんだろう。
昔は不満もなく育ててもらっていたのに、
今になって、あんまり愛されていなかった気がしてしまっている
親不孝モノのアタシ。
昔は「こんなモノなんだろう」って受け入れてた言葉とかが
どうしても記憶から消えない。
恨んでるのかといえばそうでもない。
自分が子供を育ててみて、改めて、
アタシはあんまり可愛いと思えなかっただろうなぁ・・・
な~んて冷静に分析が出来てしまうのである。
可愛いとは思えなくても、ちゃんと育ててくれたんだから
愛は有ったのかも知れない。
産んだからにはどんなに出来が悪くても不細工でも
責任を持って育てていかなけりゃならないんだから。
責任感もある意味愛だと思うし。

成績表見て泣いたと言う母の言葉すら
素直に愛されていたと感じられない自分って、
かなりひねくれモノだと反省もしたりする。
コレって全部自分に返って来るんだろうなぁ、とも思う。

まぁ、出来が悪かった自分に対しての自覚と言うものが
「あたしを可愛いと思ってた訳無いじゃん」なんて
親が何をどう取り繕おうと、
聞く耳持てない自分にしていしまっていると思う。
まぁ、自己分析も程ほどにしておいて・・・

そんなひねくれモノのアタシの娘が貰って参りました、
初めての通信簿音符

成績なんて一年生は全部「出来る」に○が付いてて当たり前。
問題は先生のお言葉です。
どれだけ先生は娘ちゃんを見ているかの基準でも有るので
先生の目が正しいのか試される通信簿でもありまする。

内容は娘ちゃんのお世話焼きな部分とか褒めてあったり、
授業中の「考えをまとめてから挙手、発言できる」など、
まあ、悪くない事だけ書いて有った。
「落ち着きが無い」「人の話が聞けない」などは無かったので
とりあえずホッとしたってところで笑い

母のように感動して涙が・・・なんて気持ちは
残念ながら全く起きなかったが、
娘ちゃんにはそれなりに褒めたりしておく。
成績の評価はまだ先になるけど、
通信簿で評価された事が、
娘ちゃんのやる気を起こさせるアイテムになれば
都合がいいじゃないですか笑い

勉強は成績で評価されますが、
それ以外の部分では親として娘ちゃんのいい所を
自覚できるようにフォローしていければと思います。
なんてね、結構アイツもひねくれた事言うんですよ。
だってアタシの子供だもの。
旦那さんに似てくれたら単純に自分大好きっ子になれたのに。
でもね、まだ可愛いの。
褒めてもらいたくて「どうせきょうちゃんは・・・」
なんて言い方しちゃってるのがミエミエ。
でもそういうの好きじゃないから
「そういう言い方はやめろ。可愛くない。」
と言ってしまう。
褒めて欲しかったら
「上手に出来てるでしょはてなびっくり
って素直に聞けるような子になって欲しい。
・・・アタシに似ちゃったのかなぁ・・・悲しい